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東京地方裁判所 昭和57年(合わ)115号 判決

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中七〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五三年七月ころアメリカ合衆国に渡航してカリフオルニア州に居住し、貿易業やレストランの経営などをしていたが、いずれもうまくいかず、同五六年五月ころからは同州ガーデナ市やロスアンゼルス市で日本人旅行者相手の観光案内業を営んでいたものであるが、Aにおいて、アメリカ合衆国内でけん銃及び銃用実包を調達して本邦内に密輸入することを企て、けん銃については法定の除外事由がなく、けん銃用実包については都道府県知事の許可を受けないで

一  昭和五七年三月二〇日(現地時間、以下アメリカ合衆国内における行為についてはすべて現地時間によって日時を特定する。)ころ、アメリカ合衆国カリフオルニア州ロスアンゼルス市内のサンフオード郵便局から、自動式けん銃三丁及びけん銃用実包六〇発をコーヒー缶の中に隠匿したうえダンボール箱に入れて梱包した外国郵便小包一個を、東京都千代田区内神田三丁目七番三号東西洋行株式会社宛に発送し、フライングタイガー航空第七三便で、同月二五日、千葉県成田市三里塚字御料牧場一番地の一所在の新東京国際空港に到着させて、右けん銃及びけん銃用実包を本邦内に持ち込み、もつて、これらを輸入し

二  同月二二日ころ、アメリカ合衆国カリフオルニア州ロサンゼルス市内のアメリカンオリエントフオワーデイングカンパニーから、自動式けん銃二六丁及びけん銃用実包四八三発をコーヒー缶の中に隠匿したうえダンボール箱に入れて梱包した航空貨物五個を、東京都千代田区内神田三丁目一六番一〇号株式会社山部宛に発送し、日本航空第三五便で同月二五日前記新東京国際空港に到着させて、右けん銃及びけん銃用実包を本邦内に持ち込み、もつて、これらを輸入し

三  同月二三日、アメリカ合衆国カリフオルニア州サンフランシスコ国際空港から、自動式けん銃三丁及びけん銃用実包一五〇発をコーヒー缶の中に隠匿したうえダンボール箱に入れて梱包したもの並びにけん銃用実包三発を隠匿した黒色財布を携帯して、同日午後九時発の中華航空〇〇一便に塔乗し、同月二四日午後五時五分ころ、東京都大田区羽田空港二丁目五番地所在の東京国際空港に到着して、右けん銃及びけん銃用実包を本邦内に持ち込み、もつて、これらを輸入し

た際、前記Aからけん銃及びけん銃用実包の調達方を依頼されたアメリカ合衆国カリフオルニア州ロスアンゼルス市在住のBから更に同様の依頼を受けてこれを承諾し、右阿部が本邦内に輸入するものであることを認識しながら、同月一五日同州ロングビーチ市において、ボブと称する男から右各けん銃合計三二丁及びけん銃用実包合計六九六発を購入してBを介してAに引き渡し、もつて、Aの右各犯行を容易ならしめてこれを幇助したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(共同正犯の訴因に対し幇助犯を認定した理由)

一検察官は、本件について被告人は共同正犯としての刑責を負うべきである旨主張し、その理由として(一)被告人は本件けん銃及びけん銃用実包(以下、けん銃等という。)の買付人がAであり、かつ、これらのけん銃等が同人の手によつて本邦内に輸入されることを明確に認識していたにもかかわらず、自己の利益を図る目的で、ボブと称する男から、正規のルート以外で本件けん銃等を購入し、これをBを介してAに交付したものである、(二)しかも、被告人はこの取引においてAから直接けん銃等の購入代金として昭和五七年三月一三日及び同月一五日の二回にわたつて合計一万一、〇〇〇ドルを受け取り、ボブに対して同月一三日とりあえず、一、三〇〇ドルを交付したうえ、同月一五日までに代金全額を間違いなく支払う旨を約束して右取引を成立させ、同月一五日、ボブに残代金を支払うとともに同人から本件けん銃等を受領し、これをBを介してAに引き渡しているのである、(三)このような被告人の所為がなければ、そもそも本件密輸入の各犯行は成り立たなかつたものであるが、被告人が身の危険をも顧みずに積極的にこのような行為に出たのはまさにA及びBと一致協力して本件犯行を実現させ、自己の利益を図ろうとしたものであり(現に被告人は報酬として二、〇〇〇ドルを取得している。)、換言するならば、被告人はA及びBと意思を相通じ、本件けん銃等の密輸行為につき同人らと一心同体となり、Aの行為を利用して自己の右犯意を実現したものというべきである旨陳述する。

二そこで、検討するのに、証拠の標目掲記の本件各証拠によれば、本件犯行に関し、大要次の事実を認めることができる。

(1)  被告人は、同五六年七月ころからカリフオルニア州ロスアンゼルス市において日本人旅行者相手の観光案内業をして生計を立てていたが、同年一一月中旬ころ、同所において観光バスの運転手をしていたBと知り合い、同五七年二月末ないし三月初めころ、Aからの依頼を受けたBからけん銃三〇丁の調達方を依頼された。

(2)  当時被告人はアメリカ合衆国における永住権(永住査証)の取得を申請する予定でおり、この際、このような取引に関与することはその審査に悪影響を及ぼすものと考え、一旦は断わつたものの、Bから「アメリカではピストルを買うのは違法ではない」「迷惑はかけない」「お礼をするから」などと言われ、丁度入手先の心当たりもあつたためにこれを承諾し、かつてけん銃が必要な時には電話するようにと言われていたボブと称する男に連絡して交渉したところ、結局口径0.25インチのけん銃三〇丁を現金合計六、〇〇〇ドルで購入することに話がついた。

(3)  その後被告人はBから三月一三日には現金六、〇〇〇ドルの準備ができる旨の連絡を受け、ボブにもその旨連絡し、取引日を右同日、取引場所をカリフオルニア州サンバラナデイーノ市所在のモーテルナインとする旨決めたところ、同月一一日ころ、更にBから「金が入るので一三日の午後六時にロスアンゼルス空港のバルーンルームに来てくれ」と言われたため、同日時ころ約束通りに同所に赴いた。

(4)  被告人は右空港のバルーンルームにおいてBから金を持つた人がここに来る旨知らされ、間もなく中華航空の飛行機便で日本から到着したAがBと二人で話し合つているのを見て同人がけん銃を日本に持ち込むために買い付けに来たことを知つた。

(5)  ところで、被告人は、この日ボブに支払うべき代金全額を受領できるものと考えていたのにAが全額を持参して来なかつたためボブとの取引を解消しようと考えたが、Bらから説得されてAから現金一、三〇〇ドル及び日本円二〇万円を預かつて取引場所に赴き、右一、三〇〇ドルを内金としてボブに交付して取引日を同月一五日に延期してもらい、その場で、その旨をBに電話連絡したところ、同人から更に口径0.38インチのけん銃二丁の追加注文を頼まれ、また、けん銃一丁につき実包二〇発をつけて貰うように依頼を受け、それらの点についてボブと交渉し、結局けん銃三二丁及び実包六四〇発を代金合計七、〇〇〇ドルで買うことに話がまとまつた。

(6)  被告人は同月一五日午後二時ころ、ロスアンゼルス市内のヒルトンホテルのバー「キク」においてAからボブに支払うべき五、七〇〇ドルに被告人らの報酬四、〇〇〇ドルを上乗せした現金九、七〇〇ドルを受け取り、間もなく同人とともにB運転の自動車に乗ってボブに指定されたロングビーチ市内のアパートメントモーテルに向かつたが、Aが途中で降りた後、車中でAから受け取つた金員中四、〇〇〇ドルを抜き出し、自分たちの報酬としてBと折半した。

(7)  右モーテルに着くや、被告人は付近路上に右自動車を駐車させてBを待機させ、被告人のみが室内に入つてボブから残金五、七〇〇ドルと引換えに本件けん銃等の入つたダンボール箱二箱を受け取り、右自動車内でこれらをBに引き渡した。

(8)  その後Bは、被告人をロスアンゼルスのダウンタウンまで送つたうえ、被告人から受け取つたけん銃等を自己のアパートに持ち帰つて同所に止宿していたAに渡したところ、同人はこれらのけん銃等を本邦内に密輸入しようとして判示一ないし三のとおりの各犯行に及んだ。

(9)  被告人は、本取引後はアメリカ合衆国内でA及びBとは接触することなく、同月二一日、アメリカ合衆国への永住査証申請に必要な書類を準備するため帰国した。

三ところで、共謀共同正犯が成立するためには、二人以上の者が特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となつて互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よつて犯罪を実行した事実が認められなければならないものと解されるが(最高裁昭和三三年五月二八日大法廷判決刑集一二巻八号一七一八頁参照)、このような観点から前記認定事実を検討すると、被告人は自己の利益を図る目的で本件けん銃等の調達に極めて重要な役割を果たしているのであつて、被告人のこのような積極的な加功なしにはAの本件密輸入の各犯行もあり得なかつたことは否定できないところであり、被告人に共同正犯としての刑責を認めるべきであるとする検察官の主張もあながち理由がないわけではない。しかしながら、(一)被告人は、Bから本件けん銃等の調達方を依頼された当初、アメリカ合衆国における永住権の取得を考えていたため(司法警察員作成の被疑者取調に伴う裏付捜査報告書によれば、被告人は帰国後の同五七年三月二三日永住査証申請に必要な犯罪経歴証明書の発給申請をしている。)、右依頼を承諾してけん銃を調達した場合に犯罪等に巻き込まれることを懸念し、けん銃を調達することについてむしろ消極的な態度をとつていたのであり、Bからアメリカ国内ではけん銃を買うことは違法ではないし、被告人には迷惑をかけない旨説得されてこれを承諾し、ボブと交渉を開始してからも、合法の範囲内にあるけん銃等の売買に尽力する限度でこれに協力する態度をとり続け、本件けん銃等の最終的な売渡し先については何らの関心を示さなかつたこと(在日アメリカ大使館付関税担当官代理ポール・ジェイ・ハルスウィット作成の捜査関係事項照会回答書によれば、カリフオルニア州ではけん銃等の売買は一応合法的に行い得るものであることが認められる。)、(二)三月一三日購入代金を受領するためロスアンゼルス空港でAに会つてからは、被告人の調達するけん銃等がAによつて本邦内に密輸入されるものであることを認識したものの、その後もAにおいていかなる手段、方法を用いて右けん銃等を本邦内に密輸入し、どのように処分するのかについても同人に尋ねることすらせず、この点については何らの関与もしていないこと、(三)被告人がこの取引によつて取得した現金二、〇〇〇ドルは究極的には本件けん銃等の密輸入による利益の中から支払われるべきものであるが、被告人としては将来反覆してこのようなけん銃等の調達に協力するつもりはなく、右の二、〇〇〇ドルもけん銃等を調達した報酬という意味合いで既にボブに支払うべき代金に上乗せしてAから取得していたため、Aによる密輸入の成功、不成功及び帰国後の密売による利益の多寡等には経済的な利害や関心を全く有していなかつたこと、(四)そもそも被告人はアメリカ合衆国に居住しており、日本からけん銃等の買付けに来たAとは従前全く面識がなく、本件取引に関する限りの接触であり、また、Bとも知り合つてから日も浅く個人的に特に親密な交際をしていたものではないのであつて、被告人とこれらの共犯者との間には、けん銃等を調達して報酬を得るという経済的な関係を離れて被告人において積極的にAの本件密輸入の各犯行を成就させようと意欲するほどの緊密な人的関係は認められないこと及び(五)昭和五三年来アメリカ合衆国で生計を立て同国の取引慣習になじんだ被告人としては、カリフオルニア州においてはけん銃等の売買が違法とはされていないところから、Aが買い付けた本件けん銃等をどのように処分するのかはA自身の問題であり、被告人には関係のないこととして安易に本件けん銃等の調達方を引き受けてしまつた面があること等の事情が認められ、これらの事情を総合考察するならば、被告人において本件けん銃等の調達という重大な行為をなしたとはいつても、いまだ被告人とAらとの間に共謀共同正犯の成立に必要な前記のごとき謀議が成立し、被告人においてAの行為を手段として自己の犯罪意思を実現したものとまで認定することには疑問があり、結局被告人のけん銃等の密輸入に対する加功の程度は、右けん銃等の調達行為によつて正犯者Aの各犯行を容易ならしめたものにとどまるものとみるべきであり、幇助犯の成立を認定するのが相当である。

(法令の適用)

被告人の判示所為中、けん銃の輸入を幇助した点はそれぞれ刑法六二条一項、銃砲刀剣類所持等取締法三一条一項、三条の二に、けん銃用実包の輸入を幇助した点はそれぞれ刑法六二条一項、火薬類取締法五八条四号、二四条一項に各該当するところ、各けん銃輸入幇助と各けん銃用実包輸入幇助はそれぞれ一個の行為で二個の罪名に触れる場合であり、かつ、右は、一個の行為で正犯の三個のけん銃及びけん銃用実包の輸入を幇助したものであるから、刑法五四条一項前段、一〇条により結局全体を一罪として刑期及び犯情の最も重い判示第二のけん銃輸入幇助罪の刑で処断することとし、右は従犯であるから同法六三条、六八条三号により法律上の減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中七〇日を右刑に算入することとする。

(量刑の理由)

わが国においては、けん銃の高度の殺傷能力及びこれが犯罪に用いられた場合の危険性に鑑み、その輸入、所持等を厳しく禁圧して公共の安全を図つていることは周知の事実であり、かかる禁止の措置が銃器による凶悪犯罪の防止に多大の効果を挙げていることも多言を要しないところである。被告人の本件犯行は正犯者のAがけん銃及びけん銃用実包を密輸入した際、これを調達してその輸入行為を幇助したというものであるが、被告人が調達したけん銃は実に三二丁、実包も実に六九六発の多きに及んでおり、もし、これらのけん銃等が税関において発見されることなく国内に持ち込まれ、暴力団等に流されたとするならば、その社会に及ぼす害悪には測り知れないものがあつたといわざるを得ず、かかる大量のけん銃等の輸入を幇助した被告人の行為は違法も甚しく、危険極まりないものというほかない。また、動機の点においても被告人はもつぱら利欲にかられて本件に及んだものでこの点についても酌量すべき余地はなく、被告人の刑責は誠に重大であるといわざるを得ない。

これらの諸事情を考慮するならば、被告人は輸入の実行行為には関与せず本件への加功も幇助にとどまつていること、本件においては幸いけん銃等がいずれも空港で押収され、社会に流出することを免れていること、被告人によるけん銃等の調達はけん銃等の売買が合法的に行い得るアメリカ合衆国カリフオルニア州で行われたもので、被告人としては同国では違法ではないということから安易に本件犯行に加功したと認められること、被告人には前科、前歴もなく本件当時アメリカ合衆国でまじめに稼働していたこと等、被告人にとつて斟酌すべき諸事情を最大限に考慮するとしても、なお被告人に対して主文掲記の刑につき実刑をもつて臨むことはやむを得ないところである。

よつて、主文のとおり判決する。

(早川義郎 松尾昭一 植村稔)

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